Concarino

生活支援型文化施設コンカリーニョ

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    Monthly Column

    コンカリーニョに縁のある人々による月替わりコラム


    「ツアー中に気が滅入ることについて」

     今年の春、三週間のヨーロッパツアーに出ていたのだけど、その途中で、僕はほんと唐突に、気分が滅入ってしまったのだった。その原因がなんなのか、数日のあいだ、思い当たる節さえ見つけられず、我ながら困った。なにか原因があるはずだから、と思い、自分なりにいろいろ推量した。本番中に客がぞろぞろ帰っているのがショックなせいだろうかとか(でもそれってヨーロッパとかじゃ別に普通のこと)、ホームシックだろうかとか(一応毎日家族とスカイプしてた)。しかし、どれもなにかピンとこないというか、しっくりとこないところがあるのだった。原因不明であるということが、なおさら鬱々とさせた。ツアー中は、初日があけてしまえば昼間のうちはけっこう暇ができるにもかかわらず、僕は観光もせず、そしてたんまりたまっているもろもろの仕事さえもせず、ホテルの部屋でただ横になって、何日かのあいだ過ごして、劇場に行かなければならない時間になると渋々起き上がっていたのだが、そんなふうにダメダメな過ごし方しているうちに、突然、あ、これが理由だ! というものに思い当たったのだった。

     それは、そういえば僕は、集団生活が好きではないのだ、ということである。考えてみると僕はこれまで、修学旅行とか、合宿とか、そういったものを楽しいと思ったことが一度もない。集団で過ごしていると、ストレスがたまった。かと言って自分一人だけ別行動していると、それはそれで、他のみんなが一緒になにかしてるというのが、僕を鬱々とさせるのである。……ってこう書いているとずいぶん勝手で、始末に負えない感じだなあと、我ながら思うが、それはともかく、こうして納得のいく理由が見つかったが気がしてみると、妙なもので、それだけでこのどんよりとした気分は、あっさりと回復に向かったのだった。

     こんど、八月の下旬にコンカリーニョで『三月の5日間』という芝居をやりますが、その前に二週間、オーストリアとイギリスの二都市を回ってから来ます。理由がはっきりしたわけなので、そのとき気が滅入ってるなんてことは、おそらくないと思いますが……。

     実は僕、ここ三年、毎年札幌を訪れてます。今年で四年連続。でも今までは、ワークショップをしに来ていたのみで、公演をやるのは今年が初めて。とても嬉しいです。それに今年『三月の5日間』を国内でやるのは、コンカリーニョでだけなんです。日本語の分かる観客の前で上演できるのは、嬉しいですし、僕たちにとって大切な機会なのです。

    岡田 利規 Okada Toshiki

    岡田 利規(おかだ としき) 1973年横浜生まれ。劇作家、演出家、作家。桜美林大学や早稲田大学で講師も務める。05年横浜文化賞文化・芸術奨励賞受賞。04年、「三月の5日間」にて第49回岸田國士戯曲賞受賞。06年ドイツミュールハイム劇作家フェスティバル「Stucke'06/International Literature project in the course of theFootball World Cup 2006」に日本劇作家代表として参加。06〜07年こまばアゴラ劇場フェスティバル『サミット』のディレクター就任。07年に新潮社より発表したデビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が第二回大江健三郎賞受賞。

    コンカリーニョ・高橋正和のつれづれコラム


    Con cariño・・・愛をこめて

     たとえばマイケルナイマンのピアノの音。木々の緑が美しい。岩田コーヒー店で飲むおいしい珈琲。隣の家から漂ってくる夕食の香り、今晩はカレー。陰干ししたばかりの羽布団の中にもぐりこむそのやわらかな感触。聴覚・視覚・味覚・嗅覚・触覚で感じること、気持ちがいいこと。

     あれ?「気持ちがいい」って何で感じるのかな? それぞれの感覚で感じるだけ・・? 感覚で感じる具体的な事柄の内側、もしくは被っている具体的ではない、説明不能なエネルギーのようなものを受け取る能力が僕たちには備わっている。いや、僕たちだけではなくあらゆるものにある。また、放出する装置ももちろん持っているし使っているはず。

     最も大切なものは目に見えない・・・というような言葉が星の王子様の中にあった・・・現代社会は表面上こういうことを否定してはいない。だけれど大切にしない仕組みこそが最重要になってしまっている。法律の中にあった明文化しきれない理念や宗教が持っている言葉に出来ない精神。レシピの通りに作ればおいしいのではなくおいしいご飯を食べてもらおうという心が食卓を豊かにする。音楽や絵画、ダンス・・・野に咲く花々にはいっぱいあるさ、川の水の音には地球の心があるのさ・・・って、何があるのかなんて説明できるわけがないのはそんな理由で、だけど今、最も必要なのはそういうことで、心を込めて一番近いと思われる記号で表すと「愛」。

     先日見た芝居、韓国からモムコルという劇団の芝居で現されていたのはそれだった。意味不明なセリフ(韓国語なので)、表情や身体、その作品によって観客席を包み込んだやさしさはまさにそのものだったのだと思う。

     この文中にも少しでも含まれていればいいなぁ・・・・と切に願います。

     愛をこめて・・・。

    たかはし・まさかず

    1961年生まれ。インドにて瞑想中、「光ある仕事に就きなさい!」という観音菩薩からの啓示をうけ舞台照明家を志す。自然と人智の結晶、石造りの旧コンカリーニョの設立・運営に携わり大いなる大地・そのGreat Energyの恩恵の元、魂の平和を求め人生という名の「旅」を続け現在に至る。NPO法人コンカリーニョ理事・舞台照明家・愛称まこし。

    劇場通信|Vol.20

    2008 年 8 月 1 日発行

    発行:NPO法人コンカリーニョ デザイン:3KG 編集担当:小室明子

    Special Thanks:

    A Picture

    一枚の絵

    黒田 晃弘 Kuroda Akihiro

    「似顔絵で、人の世界を旅する、コミュニケーションアーティスト」。2003年から、画家としての基本姿勢に立ち戻り、出会う人の肖像画を手作りの木炭で描き起こす「似顔絵描き」の旅を、活動拠点の北海道より始める。さまざまな人間ドラマを描き続けている。「横浜トリエンナーレ2005」出品(2005)、NHK「新日曜美術館」で放映(2005)、バングラデシュでの似顔絵の旅(2006)。