Concarino

生活支援型文化施設コンカリーニョ

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    Monthly Column

    コンカリーニョに縁のある人々による月替わりコラム


    「北の大地の地域劇場にマイチェアを持つ楽しみ」

     ずっとこの時を待っていた。2008年7月4日。ついに会いに行く。休みも取った。大型イベントの1週間前だけど、もう決めたのだ。2年も待たせたから会いに行く……って、どこの誰に?―コンカリの「マイチェア」に、だ。初の「マイチェア観劇」の時が来た!

     初めてコンカリーニョ劇場を訪れたのは、06年7月1日。伝説の旧劇場を失って3年、コンカリは見事な復活を果たし、「コンカリーニョ生誕祭」の真っ最中だった。光栄にも、企業メセナ協議会は生誕祭イベント「コンカリアートフォーラム」を共催させていただき、札幌入りしたのだった。劇場に足を踏み入れると、準備に動き回るサポーターの多さに驚いた。

     はたしてフォーラム初日は無事終了し、劇場はレセプション会場に早がわり。もてなし上手のコンカリは、この日のためにミニパフォーマンス「 メセナ少年が行く 」(企業協賛申請物語)を仕込んでくれた。爆笑の渦、大喝采だった。さらに圧倒されたのは、コンカリのテーマソングが披露された時である。3人娘のキャッチーな歌声に導かれ、間奏で20名ほどがわらわらと舞台袖から登場。所狭しと軽快にステップを踏み「コンカリいいとこ一度はおいで~♪」と大熱唱するのだった。子どもたちも全身で歌い踊っている。こんなに地域の人がいっぱいで笑いが絶えないコンカリっていったい! このパワーはどこから生まれるのか。人を引き寄せるこの磁力のようなものは何? 再建資金調達という難題を抱えているのに暗さは微塵もなく、劇場は人を包み込む温かさと明るさに満ちていた。

     地域に劇場があると人が集う。笑いがあふれる。エネルギーが生まれる。劇場だからこそ、日常生活では想像もしなかったコトに巡りあえる。コンカリがここに必要なのだと確信した夕べだった。

     そんなこんなで、私は北の大地の劇場にすっかり心奪われてしまった。自宅にもどっても熱気覚めやらず、そのまま「椅子寄贈プログラム」に申し込みをしていた。劇場再建協力の寄付に対し、劇場の椅子にネームプレートをつけてくれるというものだ。これは楽しい。マイチェア観劇の夢が生まれた。ある時、「ネームプレートを見つけました」と写真を送ってくれる人もいた。思いがけない便りに感激。確かに私はささやかな協力をしたのかもしれないが、コンカリからもいろいろな楽しみをもらっているのだ。さすが「生活支援型文化施設」。

     さて、私の次なる夢は、万一よき人と巡り会えたら(!)マイチェアをもう一つ申し込んで一緒に観劇すること。それまで隣の席が空いているか甚だあやしいが…。もう少し現実的には、マイチェア仲間や私の椅子に座ってくださった方々との交流を、いつか楽しむことである。

    若林 朋子 Wakabayashi Tomoko

    若林朋子(わかばやし ともこ) (社)企業メセナ協議会 シニア・プログラム・オフィサー。デザイン会社勤務を経て、英国ウォーリック大学院文化政策・経営学専攻終了後、1999年同協議会入局。企業が社会貢献として行う芸術文化支援(メセナ)活動の啓発普及と、芸術文化の環境整備に取り組む。現在は調査研究、セミナー事業、出版、国際交流、メセナコーディネート(トヨタ・アートマネジメントwww.nettan.jp)等に携わる。NPO法人芸術家と子どもたち理事。

    コンカリーニョ・高橋正和のつれづれコラム


    Let’sワークショップ!!

     先日、チェコ在住の人形劇師の沢則行さんが道北の朝日町でWSを行った。対象は中学1・2年生(全校生徒で17人)と校長をはじめとする先生方。教室で平日の5・6時間目の授業時間に行った。

     日本ではまだなじみが薄い「オブジェクトシアター」と呼ばれる手法による作品を作り続けるプロの人形劇師の沢さんは自分の作品群「KOUSKY」から「星」・「魚」を上演してからWSに突入。座布団によく使われているただの四角いスポンジを素材として使用(一人一枚ずつ)。それを利用して「何か」を表現させる。ただ表現させるだけではなく最低2つ以上に変化することと出来ればストーリーもつけて!? と難しい注文。そういえば沢さんの作品は物(オブジェクト)の形や見え方を多彩に変化させ表現をする。発想や見方を変えれば物は変化できる。固定観念を取っ払えということかな。子供たちは(先生方も)スポンジを目の前にしてちょっと困った様子・・・いじって・・・折り曲げて・・・塗ってどんな風に見えるかな・・・握って花? 変化して?? 何?・・・切ってウサギ? 変化して何?・・・やってみると発見がいろいろあって面白い。さすが元教師の沢さん、一人一人をちゃんと見ている。的確なアドバイス。それぞれの個性と簡単に言うけれど全員のそれを生かし、伸ばすことはなかなか出来ないよね。意外性を見つける。この子がこんな作品を!! その瞬間こそがWSの醍醐味。同じ答えが無いということこそが正しい答え。

     たった2時間のWS。後で聞いたところによるとみんな「もっと時間が欲しい!」と言っていたそうな。

     みんなと違うことこそが、みんなと違っていいということが何よりも大切なんだ。自分の作品が(それは自分自身)教室の中で(社会の中で)みんなと対峙する。生きている意味が見えてくる。自分が誰なのかわかってくる。これぞアートの力。

     現代社会の教育現場で最も欠けている事がこれ。学力と共に育っていかなくちゃならないことなのに・・・。

     今の社会で何よりも大切なことを教える現場がそこにはあった・・・。

    たかはし・まさかず

    1961年生まれ。インドにて瞑想中、「光ある仕事に就きなさい!」という観音菩薩からの啓示をうけ舞台照明家を志す。自然と人智の結晶、石造りの旧コンカリーニョの設立・運営に携わり大いなる大地・そのGreat Energyの恩恵の元、魂の平和を求め人生という名の「旅」を続け現在に至る。NPO法人コンカリーニョ理事・舞台照明家・愛称まこし。

    劇場通信|Vol.19

    2008 年 7 月 1 日発行

    発行:NPO法人コンカリーニョ デザイン:3KG 編集担当:小室明子

    Special Thanks:

    A Picture

    一枚の絵

    木村 環 Kimura Tamaki

    1965年、釧路市生まれ。1985年頃より独学で鉛筆画を学び、同時期に札幌のインディーズバンドのアルバムジャケットや、ライヴハウスの告知ポスターのイラストやデザインを手掛ける。2006年より作品発表を開始、以来、札幌市内の展示スペースにて個展を行っている。札幌市在住。