Concarino

生活支援型文化施設コンカリーニョ

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    Monthly Column

    コンカリーニョに縁のある人々による月替わりコラム


    「おっさんやめた」

     13日で、40才になりました。40ですよ、40。30代じゃないんですよ。

     コンカリの斎藤ちずさんや高橋正和兄さんからは、「まだまだ若いのお。まだまだこれからこれから」と言われるんだけど…20代の頃、40才っておっさんだと思ってたから…おっさんってのは…それはそれはおっさんなわけで…でも、いざ自分がこの年齢になって分かることは、40才の僕は…子供だ…だって、考えてることや気持ちは20代の頃と全然変わってないような気がするし、そりゃ確かに髪の毛とは15年前におさらばし、お腹もよく撫でられるけど、だって、自分が若い頃に思い描いてた、しっかり者で知識や知恵や常識や理性や社会的責任を持ったおっさんの自覚が僕には……無い。

     そんな40まであと2週間と迫った3月29日、富良野塾23期生卒塾公演で、初めて役者という経験をしました。

     これまで、脚本・演出・照明・音響・舞台監督、全部中途半端な技術ながら、15年間仕事としてやってきて、役者だけはやろうとも、やりたいとも思わなかった…12年前に東京の銀座小劇場で、僕が演出した芝居に無理やり塾の先輩に出さされて、暗転板付きで照明がついたとたん、汗が噴き出して、本当に瞬時に噴き出して、墨汁で描かれたもみ上げと額のバーコードが汗と一緒に流れ出し、ものすごい顔になって、お客さんが唖然としてるのを見て、3つあったはずの台詞を一言も喋らずに袖に逃げたという前科がトラウマになって…一生僕は役者はやらないと決意していたのに、師匠である倉本先生に「デブ役はお前にぴったり、いやお前しかいない」とラブ?コールを頂いて、「先生無理!無理!役者だけは無理!しかもデブじゃないし!」「いやデブだ!」「塾の役者と比べたらそりゃあ…でも…」と前科を理由に何度もお断りしたが「大丈夫だよ~、お前のまんまで良いから~」と優しく言われ、絶対服従の師弟関係により、13もある、しかも倉本聰が書いた台詞を初めて舞台の上でしゃべりました。デブ衣装でただでさえ暑いのに、また噴き出しましたよ12年ぶりに、汗が、しかも手と足が…震えました。そして3つも台詞を間違えて、稽古でも一度も間違えなかった台詞さえも間違えて……恥ずかしい……そこまで緊張するなんて…もう40才なのに…恥ずかしすぎる……僕。

     もう役者は二度とやりません…でも、頼まれたらやるかもしれない、やりたいんかい、俺、いやいや、やりたくありません。

     でも、そんな初体験をした40才の今、若い頃想像していたおっさん像は捨てて、もう、おっさんって言葉は使わないことにして、僕はこれから……どうするんだろう? 疑問符かい!…次号に続く…続かない?…なら、先のことは分からないから…頼まれたこと、全部、やります。

    太田 竜介

    太田 竜介(おおた りょうすけ) 岡山県出身。富良野塾10期生。卒塾後、富良野塾公演の音響を担当の傍ら東京で劇団「DON’T DISTURB」「FICTION」などに参加。8年前に富良野に移住し、NPO法人ふらの演劇工房の技術スタッフとして入社。2002年より、富良野演劇工場 工場長。富良野市民劇団の脚本・演出、道内各地でワークショップ・講演会を行っている。

    コンカリーニョ・高橋正和のつれづれコラム


    「家」について

     引越しをしました。前の家は取り壊されてマンションが建つらしい。

     自分はどんなところに住む?

     基準は…交通の便・新しい・仕事場との関係・広さ…などなど。結果選んでみたところで「自分の住処」としてどれだけ満足…いや、どれだけ愛すことができるのか? なんてことは今まで考えたこともなかった。不規則な生活な自分は隣の住人に迷惑がかかるとめんどくさいから一軒家がいいんだよな。車が置けて便利なところであればあとはどうでもいい…。当然借家です。「物」はできるだけ持ちたくない、身軽が一番。そう思っていたのですが今の場所に移り住んでまだ10日あまり…で、揺らいできてしまいました。古い建物。交通の便は決してよくない。何よりも冬の除雪はどうすればいいんだ! と途方にくれる家に至る私道の距離は200M余り。巨大な家。手がかかる。…が愛してしまったなぁ。脇を流れる小川。雑木林。鳥の声と水の音。命溢れるなかで生きている、睡眠…ちゃんと「眠る」という感覚。桜もあるでよ。蝦夷リスも来るさ。住んでいるところを愛したのはその昔、小学校低学年まで住んでいた宮の森19番地以来かな。そういえばそこも秋には赤とんぼが大挙して押し寄せる場所だった。

     都市に立ち並ぶマンション群。住むことに極力手がかからないことを目的に作られた住居。人それぞれ価値観は違う。だけどその建物や場所を愛して住んでいる人はどれだけいるのだろうか? なんてことを考えてしまいます。…まったく余計なお世話だ!…すいません。生きていくための事柄全てに対して思うのですが、100%出来上がっていないから自ら手を掛ける。苦労をして作っていくものだからこそ愛し続けられるのかな。そういう生活を夢見るこのごろです……。

    たかはし・まさかず

    1961年生まれ。インドにて瞑想中、「光ある仕事に就きなさい!」という観音菩薩からの啓示をうけ舞台照明家を志す。自然と人智の結晶、石造りの旧コンカリーニョの設立・運営に携わり大いなる大地・そのGreat Energyの恩恵の元、魂の平和を求め人生という名の「旅」を続け現在に至る。NPO法人コンカリーニョ理事・舞台照明家・愛称まこし。

    劇場通信|Vol.17

    2008 年 5 月 1 日発行

    発行:NPO法人コンカリーニョ デザイン:3KG 編集担当:小室明子

    Special Thanks:

    A Picture

    一枚の絵

    佐々木 雅子 Sasaki Masako

    札幌在住。学生の頃より奈良時代の仏像に惹かれて乾漆彫刻を制作。最近では我が子の玩具や乳児服など身のまわりにある大切なものを漆で塗り固めたシリーズを発表。主な展覧会、「A★MUSE★LAND 2006」北海道立近代美術館、「北の創造者たち展」札幌芸術の森美術館など。 http://www.h2.dion.ne.jp/~ssk_m