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    Monthly Column

    コンカリーニョに縁のある人々による月替わりコラム


    「劇場の色香」

     石造りレンガの旧コンカリーニョはとても叙情性の強い特殊な劇場でした。「ああ、このレンガの中にカフェを作ってお茶をすすりたい。」という単純でロマンチックな夢を携え、劇団千年王國1999年、古びたカフェを舞台にした作品で劇団として産声をあげました。その後「only you」の勢いで、よくよく考えてみると2世紀にわたりお世話になっています。劇場はよく「ハコ」なんて呼ばれ方をされますが、コンカリーニョはそんな「入れ物」ではなく「素材」でした。「さてあいつをどんな風にしてやろう?」なんて、水浸しにしたり血みどろにしてみたり、壁が見えなくなるまで覆い尽くしてみたり。ちょっぴり嗜虐的に弄んでいるつもりが弄ばれてる、娼婦みたいに色っぽい劇場。ひとことで言うなら「そそる劇場」。生まれたての千年王國はべったりとしたその色香をずんずん吸い込んで、劇場によく似たあばずれ娘に成長しました。

     さてその後、空白の数年間を経て「あっ・・ただいま・・・」なんて4年ぶりに帰ってきた実家のような気恥ずかしさで敷居をまたいだ現コンカリーニョは、ひとつの思い出も残さぬピカピカの新築。まるで処女。「昔はアタイもね」なんてスレっぷりを打ち砕かれながら、はて「もいちど歴史を作んなさいね」という幸福を授かった劇団は、過去にどれほどあったろう? と思いました。年々荷物ばかりが増える人生の中で「さてあなた、もいちど白紙で生まれてらっしゃい」という幸福を約束される事って、一体どれほどあるんでしょう。「いいの? いいの?」なんて言いながら、打ち立てた思い出の全部を裏切るように「あたし今度は淑女になるわ」って、尼さんみたいな再スタートを切りました。

     そんな劇団千年王國の次回公演はその1999年に産声を上げた処女作の再演です。劇場と一緒にわたしもすっかり処女気分です。それでも劇場という人間達の濁流の真ん中で、ぶつかりうまれる傷の一つ一つが歴史と刻まれるように、くたくたに、ぼろぼろに、使い古すのはあんた達よと、劇場の隅からさやさやと声がします。なるほど、あの日のわたしが吸い寄せられたあの色香は、この場所でまぐわった幾千の人間どもの体臭でした。

     「ああ、10年後のコンカリーニョの色気の一端は、この体が担っている」と、処女ながらあれこれ淫靡に想像しちゃうこの場所は、やっぱり「そそる劇場」なんでしょうね。

    橋口 幸絵

    橋口 幸絵 宮崎県出身。脚本家・演出家。劇団千年王國代表。劇団全作品の脚本・演出を手がけるほか、教文演劇フェスティバルWS講師、北海道新聞夕刊にてエッセイ連載など活動多数。日本演出者協会主催「若手演出家コンクール2005」最優秀賞・観客賞受賞。平成17年度札幌市民芸術祭奨励賞受賞。「遊戯祭07 死ぬ気で遊ぶ 中島みゆき論」最優秀賞受賞。

    コンカリーニョ・高橋正和のつれづれコラム


    「人は機械・・・」

     機械は万能である。人類の科学の粋を結集して作られた機械には間違いは無い。価値は機械自体にあるのであってそれを作った「人」は不完全なものである。完全なものがこの世界には溢れている。故に人も機械のように完全であるべきだ。完璧な社会を構成する全ての要素は完全でなくてはならないのだ。せめてプロフェッショナルである分野については一切のミスは許されない。あたりまえだろ! 医師は決してミスはしない。先生は生徒の学校生活における100%の責任を持つ。機械のように完璧に仕事をこなす人間こそプロなのだ。プロの振りをしているやつは徹底的に糾弾せよ!!!

     人間らしい人としての価値はどこへ行ってしまったのか。人と物(機械)の価値観が逆転してしまっているような気がする。人が尊敬されない・認められない社会、「将来の夢」を子供に尋ねても「バスの運転手」はありえないこの世は健康か。尊敬されないお父さんたちは自信を失い子供たちの心は路頭に迷う。心の奥底に澱んだ怒りはいつか放出されて「モンスター・・」となり、蓄積されて「鬱」となる。お金とお金で買えるものが何より尊敬されてそれを持つことができる完璧な?人のみが尊敬される。しかしその人すらもゲームの中での出来事で……人という道具を使ったこのゲーム、勝者すら人間らしい人として尊敬されるのではなく優秀な駒にしかすぎない。そんな駒にならなくてはこの世というゲームの舞台では楽しく生きることはできない。「そんなの無理」と思った瞬間から未来はなくなる……。

     ……我ながらひどい言いようであります・・・思い当たるふしはある…か…ある。

     たとえば音楽を奏でる人よりも再生する機械の話題が多いのはやっぱり変。

     価値を見直そうよ。不完全だからこそ生きている世の中だし地球だし夢があるし…ね。

    たかはし・まさかず

    1961年生まれ。インドにて瞑想中、「光ある仕事に就きなさい!」という観音菩薩からの啓示をうけ舞台照明家を志す。自然と人智の結晶、石造りの旧コンカリーニョの設立・運営に携わり大いなる大地・そのGreat Energyの恩恵の元、魂の平和を求め人生という名の「旅」を続け現在に至る。NPO法人コンカリーニョ理事・舞台照明家・愛称まこし。

    劇場通信|Vol.15

    2008 年 3 月 1 日発行

    発行:NPO法人コンカリーニョ デザイン:3KG 編集担当:小室明子

    Special Thanks:

    A Picture

    一枚の絵

    鈴木 千尋 Suzuki Chihiro

    1980年山形県生まれ。高校1年時より油彩を始める。障害をもつ人の作品制作の手伝いをしたいと考え、北海道へ。大学1年の時に演劇と出会い、ポスターや小道具制作に関わるように。同時に、油彩制作を行いながら、福祉施設にて作品制作援助について学ぶ。大学卒業後は福祉施設、病院で介護の仕事をしながら創作活動を続け、2008年1月、ニューヨーク州立大学プラッツバーグ校入学、アート専攻。2005、2006年、全道展入選。2005年、かまぼこ板絵国際コンクール小さな美術展小田原市長賞受賞。