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    Monthly Column

    コンカリーニョに縁のある人々による月替わりコラム


    「 音の鮮度 」

     私は道北の浜頓別で生まれた。この町に限らず北海道には豊かな自然があり、そして豊かな音の風景がある。私にとって音楽の根源とは、音を聴くという行為そのものを見つめること。音は感じるものであると同時に、何かに気付かせてくれるきっかけを与えてくれる。それは私にとっては学びでもある。作曲家を志した時から、あらゆる音を尊敬していた。それは音への信仰心といっても過言ではない。

     浜頓別から札幌へ移住したとき、そこには新たな音の世界があった。都市の音、都会の喧噪。活気あるその音世界は全く新しい体験だった。2002年にドイツに移住した時も、その2年後に東京に拠点を移し現在に至るまで、その場所の音が私にとって何よりも重要なエネルギー源だった。そしてそこから多くの感触を感じ取っていく。暖かさを感じる音、静けさを感じる音、攻撃的な音、感情的な音、ほっとする音、冷たい音、やさしい音。街の音や人の声、森の音や水滴の音ひとつにまで全ての音には生命があり、個性があり、聴く人にとって何かしらのサインがある。

     音を感じるその瞬間、それらの音の鮮やかさを感じながら音楽という仕事に関わっていくこと。この自分のテーマはずっと変わっていない。しかしそれを感じる事のできる仕事というとそれほど多くない。しかも演奏や舞台となるとなお少ない。

     そんな中コンカリーニョで貴重な経験をさせて頂いた。岩下徹氏の踊り、絵師の杉吉貢氏との「自由交感」。この舞台は何の決め事もない。音楽はもちろん舞台の照明に至るまで全てが即興。こんな舞台はあまりない。全てが完璧に作り込まれた舞台をやるのとは別の神経を使う。岩下氏の体の動き、杉吉氏の筆の動き、舞台全体の空気、その全てを感じながらピアノの鍵盤に向かい、ノイズ演奏のためのコンピュータとの間合いを計る。そこには見る、聴く、感じるという基本的な動作が信じられないくらいの色彩を持って目の前に現れる。その瞬間瞬間に反応する神経を確かめながら味わう感性の鮮度。これはとてもひとりではできない体験だ。しかも例外を除いてそれらの公演は記録もしない。録音もしない。録音もされないから商業にもならない。なりようもない。私にとって音楽の根源とは、音を聴くという行為そのものを見つめること。それを体験できる数少ない舞台に出会えるという幸せはお金では買えない。音で得られる学びや豊かさは、きっとそんな出会いと機会の中にこそある。

    畑中正人

    作曲家。バレエ、舞台、サウンドアート、広告など数多くの作品を手掛ける。2002年より渡独、ハンブルク州にて初の作曲家ビザを取得。トップクラスのバレエダンサーらとの共作で多くの賞を受賞。2004 年より東京在住。主に建築や商用空間のための作曲を行う。あらゆる音に生命を与える独自の手法は世界的に高い評価を得ている。音楽を手がけたコカ・コーラ「スプライトゼロ」のCMが現在放送中。

    コンカリーニョ・高橋正和のつれづれコラム


    「 生まれた時に植えられた桜の木があった……。 」

     両親は僕が生まれた時、生家の庭に桜の木を植えた。間もなく札幌に引っ越してきた僕にそんな記憶は全く無かった。ただ、聞き知っていただけのことで気に留めたこともなかった。大学時代、軽音楽部に所属していた僕は練習が終わってからの深夜、なにげなくそのことを思い出した。「その桜の木が見たいなぁ… ちゃんと育っているのかなぁ…」そんな感じ。ちょっとした衝動。思い立ったらもう止まらない。目指すは旭川。住所や場所のロケーションを親から聞いて愛車のスバルRXツインキャブ、ラリー仕様でかっ飛ばす。到着。多分この辺。捜した。なかなか見つからない。この家だと思う。木が見当たらない。だけどここに間違いはないはず…。ごめんなさい、庭に不法侵入。あれ? 足元に??寝ている桜の木。葉はみずみずしい。切り倒されたばかりの桜の木。切り株。年輪。

     先日、富良野演劇工場で倉本聡さん演出の「ニングル」を観た。その芝居の中で生まれた時に植えられた木に関する話があって、二十数年前を思い出してしまった。オカルト?確かにね。だけどオカルトって何さ。あらゆるものに意識がある。人の価値観でいう意識とは別種のものかもしれないけれど意識や意思は確かにあると思う。それら、人は気づくことは稀だけれど全て繋がっている。そんな風に思うのです。人間が持つ概念、「時間」や「空間」、「物」−−あらゆる要素−−違う次元?にあるのか? 見えないだけか?

     それらを見ること・感じることは出来るのだと思う。ちょっとした境界があるだけ。必要ない? 僕は越えてみたいと思う。

     機会があったら倉本さんとも話をしてみたいな。

    僕は桜に呼ばれたのか?
    僕は桜と繋がっていた。
    あの時僕は死んだのか?
    生まれ変わったのか?
    あの時僕は寂しかった。とても嬉しかった。

    たかはし・まさかず

    1961年生まれ。インドにて瞑想中、「光ある仕事に就きなさい!」という観音菩薩からの啓示をうけ舞台照明家を志す。自然と人智の結晶、石造りの旧コンカリーニョの設立・運営に携わり大いなる大地・そのGreat Energyの恩恵の元、魂の平和を求め人生という名の「旅」を続け現在に至る。NPO法人コンカリーニョ理事・舞台照明家・愛称まこし。

    劇場通信|Vol.8

    2007 年 8 月 1 日発行

    発行:NPO法人コンカリーニョ デザイン:3KG 編集担当:小室明子

    Special Thanks:

    A Picture

    一枚の絵

    下沢敏也|Shimozawa Toshiya

    陶芸家。1960年、札幌市生まれ。1978年、下沢土包氏に師事。1990年、陶工房shimozawa 設立。力強い大型のオブジェのほか、器の作品も多数。札幌だけでなく、関西でも定期的に個展を開催している。京都のギャラリーにしかわ、東京のギャラリーメリッサに常設展示されている。現在は、北海道芸術デザイン専門学校の講師も務める。 

    http://zawa32.com/