コンカリーニョに縁のある人々による月替わりコラム
「 HOW MUCH IS TOO MUCH? 」
チケット代…という深淵なる話である。
20ドルでメトロポリタン歌劇場のオーケストラ席のチケットが手に入る。これは今シーズン始まった制度で、月〜木の毎公演の2時間前に、限定200 席で先着順に売り出されるもの。本来100〜200ドルするのだが、ある個人財団が差額分をMETオペラに寄付するために成り立っている。「あら、素敵なシステム!」..と、単純に歓迎していいものかどうか。疑問を呈する前に、別の例をば、もうひとつ。
ニューヨークの実験的舞台のメッカのひとつに、ザ・キッチンという劇場がある。オルタナティブ・スペースと呼ばれる分野の草分けで、約140席。以前は 20ドル平均だったチケット代を、3年ほど前から10〜15ドルに値下げした。主に地元NYのアーティストを上演するために、観客には「アーティスト仲間」が多く、「20ドルじゃぁ知らない作品を見るのにリスクが高すぎる」のが値下げの理由。因みにこの価格はNYの映画館の入場料と同額である。
さて、私が運営するジャパン・ソサエティーの劇場。チケット代は、日本から招聘するコンテンポラリーのダンスなら約25〜28ドル、同演劇なら28〜 35ドル程度に設定している。初日や二日目に250席強の我が劇場を埋めるのは、なかなか至難の技だ。が、3日目になると、NYの地元アーティストは「評判を聞いて」と言って多くが足を運んでくる。そして多くが曰く、「最初から興味あったんだけど、ちょっと高かったから迷っちゃって…」。
《ちょっと高い》のは当然だ。日本から人が来るのだ。渡航費・日当・宿泊代..地元のモノを見せる劇場にはかからないコストがかかっている。
というわけで、ようやくこの原稿のテーマである。「何に対していくら払うのが妥当なのか?」。30ドル前後という値段は、評判を知ってからでないと払えない値段なのか? だが知らないものにもカネを払うのが「現代のもの」を観る姿勢の根本じゃないか?そう、だからこそリスクを考えて10〜15ドルに設定するのだと言われても、撮影技師1名で何度も再演できる映画と、ライブの公演とが同じ値段でいいのか?コストのかかるものは高い。良質のものも高い。これは資本主義社会の原則だ。けれど、コストが莫大で質も世界最高峰のMETのオケ席が20ドルならば、やはりジャパン・ソサエティーのチケットは高いのか?
今シーズン、METは新プロダクションの『蝶々夫人』をタイムズ・スクエアの巨大スクリーンで生中継した。当然、タダである。歓迎の声と同時に、「かかるものにはちゃんとカネを払うという社会教育にとって弊害だ」という批判もあがった。私はこの批判に与する者である。「でもねぇ、君みたいに観るのに金と時間を惜しまない人と、普通の人は、違うよ」と言われると、あげた拳が萎える。確かにそうかもね。なにしろ悩ましく深淵な問題である。
塩谷陽子
ニューヨーク、ジャパン・ソサエティー芸術監督 芸術文化事業研究者「 真理・真実、女と男 」
「女性の中には真理があり、男性はその意味がわからずに真実を探して右往左往するだけだ」……その通り!残念ながらこれは受け売りの言葉。私はこんな素敵に、かつポイントを突いた言葉は吐けません……。
全ての人間の中にある女性的な部分、男性的な部分、それぞれを女性性、男性性と呼んでみます。女性性は直感的であり、生まれた時から心(ハート)に備え付けられているものとしてあり、これが真理。男性性は数学的であり、頭で学んで蓄積されていくもの、そして真実を捜し求める。真実の向こうに真理があり、真理は真実を超越している。真理はすでに自分の中にあるのだけれどもそれを真実の発見や積み重ねによって頭脳で理解したいというのが男性性。女性性はそんなプロセスを一蹴する。
きっと真理には形が無いのだと思う。私たちが携わっている舞台での創造活動や美術・音楽の作品達には形がある。それらの作品の「種」は女性の中にあり、「種」を発芽させる作業を男性性が担う。だからこそ完全な作品=真理を表した作品なんてありえない。でも懸命にそれを追い求める行為こそが人間らしさの根源なのだと思う。
科学者と芸術家は似ているのかもしれない。バランスの傾きがちょっと違うだけなのかもしれない。映画にあった完全な?数式は芸術的だし、数字を羅列しただけに見えるアートで人は感動を覚えたりもする。√は美しい??
世の中に真理はあるはず。真実は紆余曲折する。終点はひとつ。人はすでに知っているけれど、決してたどり着かない。
……この話はいったいどこへ転がっていくのか……
現代社会。男女平等? 女性の地位向上?そんなことよりもっと深いところにある女性性と男性性のバランスが崩れているように思えてなりません。未だに世の中は男性社会である……いや、男性性が強い社会という意味ではさらに加速し続けている。そのことが個人・地球、あらゆるところに影響を及ぼして人間的な「あたりまえのこと」の崩壊を促しているような、そんな気がするのです……。真理からどんどん遠ざかっているような全体に騙されないようにっと……よくわからんのよ、だけどわかる。
たかはし・まさかず
1961年生まれ。インドにて瞑想中、「光ある仕事に就きなさい!」という観音菩薩からの啓示をうけ舞台照明家を志す。自然と人智の結晶、石造りの旧コンカリーニョの設立・運営に携わり大いなる大地・そのGreat Energyの恩恵の元、魂の平和を求め人生という名の「旅」を続け現在に至る。NPO法人コンカリーニョ理事・舞台照明家・愛称まこし。2007 年 7 月 1 日発行
発行:NPO法人コンカリーニョ デザイン:3KG 編集担当:小室明子
Special Thanks:Carittoの皆様