コンカリーニョに縁のある人々による月替わりコラム
「 不惑のスーホと馬頭琴 」
モンゴル民話の絵本「スーホの白い馬」( 福音館)が、今年で出版40周年を迎えた。この作品は、民族楽器「馬頭琴」が誕生した経緯を、少年と愛馬の織りなす悲しくも美しい物語に乗せて描いている。現在に至るまでロングセラーが続くこの名作のおかげで、日本における馬頭琴の知名度は民族楽器にしては高く、演奏家たちも大きな恩恵を受けている。
そればかりか、この絵本は、日本人がモンゴルそのものに対して抱くイメージにもかなり貢献している。ある好感度調査(※)では、モンゴルが好きという理由の約8割が「スーホ」で、他にジンギスカン鍋、キラーカーンの必殺技、大草原のLOHASな風景がそれぞれ1割ずつ。そして、あの横綱で1割引きである。(※筆者の勘に基づく)
さて、絵本の世界から離れて現実に目を移すと、馬頭琴の生い立ちに意外な一面が見えてくる。実はこの楽器、「遊牧民の2弦の弓奏楽器」としてルーツを辿れば古い歴史を持つものの、少なくとも現在の「馬頭琴」の形や奏法が確立したのは、実は20世紀のことだ。西洋楽器の音響構造が導入された「f字孔」は言うに及ばず、「馬頭の彫刻」や「馬頭琴(モンゴル語ではモリンホール)」という名称自体が普及したのも、モンゴルの近代化に時を同じくしている。すなわち馬頭琴は「民族を代表する楽器」として急激に進化を遂げた新しい伝統楽器なのだ。
このことは一般にはほとんど知られていない。コンサートやCDの解説で馬頭琴の紹介を見ても、「スーホ」の世界観に準じたイメージ優先のものが多い。限られた字数で紹介する場合、楽器の近代化について触れる余裕はないし、一般に共有されているイメージの力を借りるのも仕方がないことだ。だが、馬頭琴のこの「新しさ」は隠すべきことなのだろうか? 「悠久のモンゴル」のイメージダウンにつながるのだろうか?そして、こんな事を書くのはモンゴルの国家機密の漏洩なのだろうか?
いやむしろ、地理的にロシアと中国にガッチリ挟まれているモンゴル(および内蒙古自治区)で、クラシック音楽や文化大革命の影響を受けながらも、現代まで生き長らえて来た馬頭琴のしたたかな足跡は驚嘆に値するだろう。そして、時代とともに変化しながらも、決して遊牧民の誇りを忘れないこの楽器こそが、今のモンゴル民族の姿を非常にリアルに映し出しているようにも思える。
コンカリーニョでは、馬+和太鼓、馬+ポップス、馬+暗黒舞踏などいろんなコラボレーションをさせていただいた。これからも進化の途上にあるこの楽器(と筆者)をよろしくお願いし馬す。
嵯峨 治彦
馬頭琴・喉歌奏者。等々力政彦とのデュオ 「 タルバガン 」 、たなかたかことの 「 野花南 」 、金子竜太郎・EPOとの 「 Aguri 」など様々なユニットでも活動。2001年、ゴビ砂漠の遊牧民馬頭琴奏者 Y.ネルグイ ( モンゴル国人間文化財 )から後継者指名。「 旅の思い出 」
もう20年くらい前になる。今の季節、何年間も2月から5月〜7月くらいまで毎年、日本を留守にしていた。繰り返しインド・ネパールへの旅。確かに神はいる!と感じた神々の座の麓の小さな尾根。高度5000Mでのキャンプ地で見た星空、天の川はここが宇宙であることを実感させた。チキンカレーを食べる為に庭の鶏をつぶしてくれた優しい人々。なかには少し悪い人…世界共通だな。厳しい自然と経済的に貧しい生活の中、したたかに、しなやかに生きる人間を見た。ネパールの山で出会った音楽。素朴な民謡を奏でる音楽隊だ。かつては中国との交易でにぎわったという宿場町の夜、ろうそくの灯を囲んでゆるゆると聞き入った。
出稼ぎの音楽隊? …聞けば彼らのように音楽を演奏するカーストの人だけが住む村があるそうだ。彼らの職業は生まれた時から音楽家に定められている。そのことには幸も不幸もなくて、ただ、そういうもの、ということらしい。彼らの身分は決して高くないがある意味社会的に保障されている?音楽家たちということができる。カースト制度はヒンドゥー教文化の悪しき制度の代名詞のようにいわれている。しかし、この制度がなかったなら伝統的に民衆の生活に根付いた音楽は今のように残っていたのだろうか? とも考える。
日本の現状をみると美しい伝統文化は人々の生活からどんどん遠ざかっているような気がするのは私だけではないはずだ。日本は自由?カースト制度は不自由?そうだね。しかし自由を手にした人間が目先の欲求を満たす為に先人への感謝を忘れ、地球レベルで起こっている数々の問題を引き起こしたともいえる。人が人の手で作った人間らしくない物達が溢れる現代社会。心がこもった…幾多の心が練り込められながら滅んでいくものが多すぎる世の中。便利よりも愛情、言葉にはできない心で感じられるものを大切にする、そして創る、伝えることこそが平和・共生への道。そのためにコンカリーニョは在りたいと思う。
たかはし・まさかず
1961年生まれ。インドにて瞑想中、「光ある仕事に就きなさい!」という観音菩薩からの啓示をうけ舞台照明家を志す。自然と人智の結晶、石造りの旧コンカリーニョの設立・運営に携わり大いなる大地・そのGreat Energyの恩恵の元、魂の平和を求め人生という名の「旅」を続け現在に至る。NPO法人コンカリーニョ理事・舞台照明家・愛称まこし。2007 年 6 月 1 日発行
発行:NPO法人コンカリーニョ デザイン:3KG 編集担当:小室明子
Special Thanks:Carittoの皆様